松風荘の歴史

松風荘―その歴史と魅力―

アメリカ生誕の地、フィラデルフィア市郊外のフェアモント公園に現存する松風荘は、日本文化の伝統美と日米交流の歴史を映し出す本格的日本建築及び庭園です。建物は 安土桃山時代の書院造りを基本に、日本伝統建築の権威 吉村順三氏により設計され、木曾の国有林から特別に切り出された檜を用いて、宮大工棟梁第十一代 伊藤平左衛門氏により施工された本格的な和建築 (75坪)です。付属庭園は京都の庭師 六代目佐野旦済氏が設計した池泉鑑賞式の典雅な日本庭園です。縁側から臨むことができる池泉庭園、江戸時代の京都を発祥とする日本伝統の坪庭、茶室への道を彩る露地など、異なる趣を持つ三種の日本庭園を楽しむことができ、北米地域にある三百余の日本庭園を対象としたランキングで第3位に選出されています。

<松風荘の歴史>

松風荘は戦後間もない1954年に、日米の友好関係の再構築を願う官民あげての努力により日本市民からアメリカ市民への贈り物として、ニューヨーク近代美術館(MOMA)の中庭に建立されました。自然の素材の美しさ、精巧な意匠、開放的な間取り、精密な手仕事等が高く評価され、1954ー55年の二年間の展示期間中には、開館前から長蛇の列ができ、実に25万人近くの観客動員を記録するなど盛況を博しました。1954年11月には吉田茂首相も表敬訪問されています。

MOMAでの展示終了後、1958年にフィラデルフィア市の現在地に移築されました。現在松風荘が位置するフェアモント公園は古くより日本との所縁が深い土地であり、1876年に開催されたフィラデルフィア万国博覧会に際しても、日本家屋や日本庭園が造られました。また1905年から1955年の火災で焼失するまでは、1904年開催のセントルイス万国博覧会後に日本より贈られた14世紀日本の仏教寺院の山門も存在していました。

松風荘はその後管理が不十分であったため廃屋化し、1976年の米国生誕200年祭にフィラデルフィア市長の依頼で日本の有志が資金を募り大修復を実施しました。1982年には「松風荘友の会(The Friends of the Japanese House and Garden)」が結成され、日米協会との連携のもと、松風荘の保全活動と管理にあたっており、1999年には120万ドルの寄付を募り、檜皮葺(檜の樹皮を用いた屋根葺き)の修復を実施しました。東山魁夷画伯の揮毫である障壁画は惜しくも全てが損傷し修復が不可能でしたが、2007年には世界を舞台に活躍されている日本画家、千住博画伯のご厚意により、障壁画20点を奉納していただく運びとなりました。画伯が得意とする滝の絵は古色の出た松風荘と見事に調和し、和建築と現代日本画の融合が、国境を越えた幽玄な空間を創出しています。

2012年にはフィラデルフィア市との協力に基づき、1876年フィラデルフィア万国博覧会に際して建立された4つの建築物の内2棟のリノベーションを敢行しました。この「桜パビリオンプロジェクト」は同年のHistory In Pennsylvania Stewardship Awardを受賞し、日米友好の歴史を具現化する松風荘の文化的重要性を深く印象付けました。今日も松風荘は年間を通し、日米の友好関係を促進する様々なイベントやプログラムが催される場として多くの人々に親しまれ、毎年世界20か国以上から3万人にのぼる来園者が訪れています。米国東海岸御訪問の際には、是非松風荘を訪れ、日米昭和史の一頁を紐といてみて下さい。